上西小百合議員の「サッカー応援してるだけのくせに」発言は一理ある?












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浦和の善戦もあり好ゲームに

一昨日はプレシーズンマッチ、浦和レッズ対ドルトムントをテレビで観戦しました。久しぶりに欧州クラブの試合のライブ観戦、率直に楽しかったですね。

ドルトムントはまだまだ開幕前の調整段階で緩い部分がたくさんありましたが、浦和レッズの善戦のおかげで見応えはありました。エムレ・モルの個人技なんかもスパイスになり、埼玉スタジアムで現地観戦した方々も満足されたのではないでしょうか。

チェルシーファンとしては獲得が噂されるエンリク・オーバメヤンに注目しましたが、まだコンディションが整っていないようで見せ場はありませんでしたね。この試合でチェルシーにフィットするか否かを語るのは難しそうです。

上西議員の「応援してるだけのくせに」発言

さてご存知の方も多いかもしれませんが、この試合の後、衆議院の上西小百合議員が「浦和酷い負けかた。親善試合は遊びなのかな。」とtwitterに投稿し、続けざまに以下のような発言をして批判が噴出しています。

この発言には多くのサッカーファンが敏感に反応しただけでなく、現役Jリーガーからもリプライがありました。FC東京の石川直宏選手は以下のように丁寧な言葉遣いでファンからの「応援」に感謝し、小西議員をスタジアムに誘っています。好感が持てますね。

で、実際サッカーファンとして怒りが沸いてくる発言であることは間違いありません。でもちょっとここで立ち止まって、そもそもサッカーファン、サポーターにとって「応援」って何だろう?ってことを少し考えてみたいと思います。

FC東京のゴール裏で「やった気」になった

当ブログはタイトル「青くまチェルシー応援団」からも分かる通り、海外サッカー、イングランドプレミアリーグ、チェルシーFC中心の内容です。ただ、私は実は高校生のころ、JリーグのFC東京のサポーターとして、毎試合ゴール裏の一番熱狂的なゾーンでピョンピョン跳ねたり、旗を振ったりして応援していた経験があります。

サッカーの試合を見たいというより、セリエAのACミランやインテルのゴール裏席のような熱狂的な応援シーンに憧れていて、自分も参加したい、それなら地元チームでやるのが一番早いな!という単純な動機でした。

声を張り上げてチャントを歌い、得点に狂喜乱舞し、失点に頭を抱えるという90分間を過ごすと、上西議員の言うように不思議と「応援してるだけのくせに、なんかやった気」になっているんですよね。自分がそう感じていたからよくわかります。

私は大学生になって他に興味を持つこともでき、サッカー観戦についてはチェルシーなどビッグクラブに関心が移っていったので、今はFC東京のゴール裏には行きません。ただ、あの「やった気」になれるエンタテインメントって、経験したから分かるのですが、実は他にあまりないんですよね。

「やった気」になって「やろう」と思えた

高校生の頃の自分は色々なことに不満も抱えていたし、何が悩みなのかも分からないようなモヤモヤが常にありました。別に特別なことではなく、いわゆる思春期という感じで、将来も定まらずに不安や焦りも感じていました。

ゴール裏で声を張り上げ、怒り、喜び、見知らぬ横の席の人と抱き合い、慰め合うという2年ほどの経験を通じて、私は確実に何かを「やった気」になると同時に、段々と自分自身でも何かを「やろう」と心に変化が生まれてきたんです。

不思議なことですが、今振り返ると「やった気」になり「達成感のようなもの」を味わうことで、努力とか目標に向かうという経験を疑似体験していたのかなと思います。疑似体験を通じて、気持ちがスッキリして頭の中がクールになり、現実に向き合うキッカケになったんです。

サッカーはある意味単純だから疑似体験に最適

人が現実世界で抱えている悩みや問題は多種多様で複雑です。反対にサッカーのクラブやプロ選手は誤解を恐れずに言えば単純で、ゴールや勝利、優勝を目指すだけです。明確で単純な目標があり、それに向かって全力で努力し、集中力を高め、試合に臨む。

一般の人が現実に取り組む仕事は多くの場合は地味で、試合のような華やかな発表の場も少なく、ゴールシーンのように思わずガッツポーズをしてしまうような達成感や、優勝トロフィーを掲げる時のような高揚を感じる瞬間が訪れることも稀だと思います。

それでも向き合わなければいけない現実がある。そこで好きなサッカーチームを「応援」することがスパイスになるのかなと思うのです。ある意味単純なサッカー選手の頑張りを「応援」することで「やった気」になり、持ち帰った高揚感や達成感が現実を少し彩ってみせてくれるんだと思います。

スタジアムには色々な思いを抱えた人が集まる

スタジアムにはかつての私のような高校生もいれば、若いカップルも、サラリーマンもフリーターも、老夫婦もいます。ワイワイみんなでグループ観戦している人もいれば、孤独に静かにピッチを見つめる人もいる。仕事の悩みを持つ人もいれば、病気を抱えて不安な人も、身内に不幸があって一瞬でも気を紛らわしたい人もいる。もちろん観戦デートでドキドキしている若者も、孫の手を引いて楽しそうなお爺さんもいます

ゴール裏で騒ぐ人も、メインスタンドでじっと戦況を見つめる人も、本質はそう変わらないと思います。それぞれバラバラの背景事情がありながら、90分間プラスアルファの時間を共有し、また現実世界に戻っていくー。スタジアムはそういう不思議な場所なんですよね。

ヨーロッパのスタジアムでも観戦した経験がありますが、日本も世界もこの点は変わりないと思いました。これが観戦文化、応援文化であり、サッカークラブが地域に根差す本当の価値なのではないでしょうか。

上西議員もモヤモヤを抱えた時スタジアムに来てほしい

政治家という仕事も地味な部分がたくさんあるでしょうが、目指すべき国を形作りたい、国民に良い生活を届けたい等わりと明確で大きな目標を皆さんお持ちだと思います。それに選挙というサッカーで言えば試合のような戦いの場もある。そういう意味では恵まれた仕事とも言えますね。だからこれまでこのブログ記事で書いたようなことは少し想像しにくかったのかなとは思います。

それに「サッカーの応援しているだけのくせに、なんかやった気になってるのムカつく。他人に自分の人生乗っけてんじゃねえよ。」という発言は「ムカつく」「てんじゃねえよ」かは別として、完全に間違っている訳ではないと思うんです。サッカー応援してるだけでなんかやった気になり、他人に自分の人生を乗っけている側面はあると思います。

上西議員について過去に週刊誌で報じられた内容等をこの場でとやかく言うつもりもないですし、税金から報酬が支払われているからと言ってオブラートに包んだような発言ばかりを求めるつもりもないんです。

ただ、国会議員であれば一部の国民が異様に熱心になっているサッカー観戦という趣味について、もう少し掘り下げて考えてみてほしかったなと感じるのです。スタジアムは国民の喜怒哀楽が詰まった不思議な場所ですよ!もし政策を考えてモヤモヤしたら、石川直宏選手の言うようにスタジアムに行ってみてほしいです。「他人に自分の人生乗っける」ことで、見えてくることもあると思います。

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